BDカジノロワイアル
写真は後年のBOXセットのもの


【BDレビュー】第3回『007 カジノ・ロワイアル』


 今ではもはや確認する必要もないほどに、BDの映像コーデックにはMPEG-4 AVC(以下AVC)が採用されているが、BDが登場して間もない2006年終盤~2007年初頭、映像コーデックはMPEG-2、VC-1、そしてAVCの三つ巴状態だった。
 VC-1にせよAVCにせよ、いわゆる次世代光ディスクの登場とともに俄かに存在を聞くようになった(少なくともユーザーにとっては)目新しいコーデックであり、従来から使われていたMPEG-2に比べて2倍程度の圧縮効率を実現できる=高画質を実現できるということで話題になっていた。
 ところが、最初期のBDソフト群の中で最も高画質を実現していたコーデックは、たびたび述べてはいるがMPEG-2だった。たとえばAVC収録ということで喧伝され、(ごく一部で)話題になった『X-MEN 3 ファイナル・ディシジョン』よりも、MPEG-2収録の『キングダム・オブ・ヘブン』の方がよほど高画質だったのである。
 このことにはいくつかの原因が考えられるが、第一に撮影時点での、すなわちマスターでの画質はもちろん、それ以上に“手慣れたMPEG-2”と“手探り状態でノウハウを蓄積していたAVC”の差が大きかったのだろう。実際、ソフト会社としても、例えばSPE(ソニーピクチャーズ)は最初期のソフトは基本的にMPEG-2収録だったのに対し、20世紀FOXは積極的にAVC収録を採用するなど、姿勢に差が見られた。最終的にMPEG-2とAVCのどちらを採用するのが“その時点で”高画質に仕上げられるのか、会社ごとに判断が分かれた格好である。

 そして、今回紹介するのが『007 カジノ・ロワイアル』である。
 作品の知名度やクオリティからして、カジノ・ロワイアルは当時のSPE、あるいはHD-DVDと戦争状態にあったBD陣営にとって“キラー・タイトル”となるソフトだった。なんせ、作中に登場するホテルの監視カメラの録画システムにSonyのBDレコーダーが使われているくらいである。面白すぎる。
 そんな重要なソフトをリリースするにあたり、SPEは映像コーデックにAVCを採用した。
 これは一大事件だった。
 BDの立ち上げからある程度の期間、基本的にMPEG-2収録のソフトをリリースしてきたSPEが、主力タイトルでAVCを採用したのである。これはSPE自身が、「既にAVCの方がMPEG-2よりも高画質を実現できる」と判断したということに他ならない。ソフトには採用せずとも、当然内々ではAVCの扱いに関して研究やノウハウの蓄積をしてきたであろうSPEのこの決断に、当時の私は人知れず大いに注目していた。

 こうして発売されたBDは、大方の期待を上回って余りある、素晴らしい高画質を我々に提示した。
 映像ソフトはここまで綺麗になるのか、と当時の私は素直に感激し、感動した。その感動がどれくらい大きかったというと、今なお続いている【BDレビュー】の評価軸を決めるうえで、『007カジノ・ロワイアル』の画質をもって“満点”としたくらいである。
 画質的に、輝かしく色彩豊かなシーンと、透明感ある闇のシーンをひとつの映画の中で両立させるのは今でも難しい。それを『007カジノ・ロワイアル』はいとも簡単にやり遂げてみせた。“完璧”である。
 しかし、忘れてはならないのは、その高画質を実現したのは“AVCを採用したから”ではないということだ。
 AVC以前から連綿と積み重ねられてきたMPEG-2のノウハウや、撮影機材の進歩、マスター時点での画質の向上、そしてなにより、「より高画質なBDを実現しよう!」という製作側の“情熱”があったからこそ、それらの到達点としてAVCが採用され、『007カジノ・ロワイアル』のBDは、歴史に残る高品位ソフトとして結実したのである。オーディオ・ビジュアルの世界においては、どれだけ技術が進歩しようと、最終的なクオリティを決定づけるのはいつだってこの“情熱”だということを、『007カジノ・ロワイアル』のBDは教えてくれている。

 これ以降、SPEは本格的にAVC収録へと舵を切ることになり、その選択は後の『スパイダーマン』シリーズのBDBOXで大きく報われることになる。
 SPE以外のソフト会社も、だいたいこの辺りからAVC収録が主流になっていった感がある。
 AVCの可能性を示し、BDのさらなる高画質への道を切り開いたという意味で、『007カジノ・ロワイアル』は間違いなくAV史に残る記念碑的なBDと言える。

 この記事では基本的に画質面ばかり述べてきたが、『007カジノ・ロワイアル』は音質面でも素晴らしいものを提示してくれている。これもまた、この作品の音をもって【BDレビュー】の音質評価“満点”を設定したくらいである。
 ダニエル・クレイグの007シリーズはどれもこれも面白くて大好きだが、個人的にオープニングの出来はカジノ・ロワイアルが圧倒的に優れていると思う。


 画質的にも音質的にも見どころ聴きどころ満載にして、特に画質面では新時代の幕開けをも感じさせたBDである。



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