前回:天明4年12月8日/平成31年1月18日


天明4年12月28日(新暦換算:2月7日)

秋田県湯沢市柳田

たぶん柳田の草彅家に泊っている



【年の市】

 雪の朝の面白さは花を見るよりも勝り、梢もない山が遠くに見える様はたとえようがない。
※画像はイメージ

里ごとに年の市といって騒がしくしているが、“ゆづる葉”、“うらしろ”がないので、雄松、五葉などを、厚く積もった雪の下からどうにか掘り起こして売っていた。人の住む家は雪が降り込まないように、稲筵をかけており、これをくぐって入るのは、穴などにもぐり込むここちがする。

 明日は大晦日。こんなことを考えながら過ごした。

月も日も つもりて雪の なかに行 雪車のはやをの 早き一とせ。



 こうして雪国の年も暮れる。
 真澄が初めて過ごした雪国の冬は、彼の心にどのような印象を残したのだろうか。

 「年の市」の様子は、大町の「町の駅とみや」に飾られている昔の写真が雰囲気を伝えていると思われる。




【きどころ寢】【せやみ】

 夜も更ける頃、女の童が、きどころ寢《うたたねをいう》しているのを、「おい、せやみ《せをやむとは、人の言うことを聞かず、しっかりしていない様子をいう》、起きなさい、風邪をひいてしまうだろうに」(と家の人が言った)。


 ねふかぎするくらいならちゃんと寝よう。



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●『齶田濃刈寢』本文・参考文献

『秋田叢書 別集 第4』 秋田叢書刊行会, 1932
『菅江真澄遊覧記1』 内田武志・宮本常一編訳, 東洋文庫, 1965

記事中の【見出し】は『秋田叢書』にあるものをそのまま使っている



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翌日:天明4年12月29日/平成31年2月8日



【記事まとめ】『齶田濃刈寢(あきたのかりね)』――菅江真澄31歳・秋田の旅
初めて秋田の地を踏んだ菅江真澄と歩く、234年後のリアルタイム追想行脚

『菅江真澄と歩く 二百年後の勝地臨毫 出羽国雄勝郡』
江戸時代後期の紀行家・菅江真澄の描いた絵を辿り、秋田の県南を旅した紀行文


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