前日:天明4年11月15日/平成30年12月26日
天明4年11月16日(新暦換算:12月27日)
秋田県湯沢市の町中 → 湯沢市柳田
朝早く出発したのだが、道のりは遠く、日が暮れてきたので、間違った道筋に迷い込んでしまった。辛うじて往来のある道筋に戻ってきて、
けふここに 雪の山路 まとひくと ふる里人や 夢にしるらん。
またほのかに行く道が見えると、一日中雪車が引かれたのか、数えきれない筋が見えた。
そりのあと 一筋見へて くれにけり。
こうして草彅氏の家に帰った。
ただでさえ雪国の冬は常時ホワイトアウト寸前だし、吹雪ともなれば一寸先は白い闇となる。
およそひと月前に雪山で遭難しかけた真澄だが、普通の往来でも遭難しかけたようだ。
この日の日記の後、長い空白期間がある。
昨日今日のようにどこかに出かけることはあっても、ずっと草彅氏の家に逗留していたことは確かなようだ。
さて、天明4年は旧暦なのでまだ11月だが、平成30年は新暦なので、真澄より一足先に新年を迎えることになる。
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●『齶田濃刈寢』本文・参考文献
『秋田叢書 別集 第4』 秋田叢書刊行会, 1932
『菅江真澄遊覧記1』 内田武志・宮本常一編訳, 東洋文庫, 1965
記事中の【見出し】は『秋田叢書』にあるものをそのまま使っている
※この記事の写真はいつぞやの冬に撮影したものです
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次回:天明4年12月8日/平成31年1月18日
【記事まとめ】『齶田濃刈寢(あきたのかりね)』――菅江真澄31歳・秋田の旅
初めて秋田の地を踏んだ菅江真澄と歩く、234年後のリアルタイム追想行脚
『菅江真澄と歩く 二百年後の勝地臨毫 出羽国雄勝郡』
江戸時代後期の紀行家・菅江真澄の描いた絵を辿り、秋田の県南を旅した紀行文
【地元探訪】記事まとめ
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【創作・地元ネタ】まとめ
【菅江真澄31歳・秋田の旅】『齶田濃刈寢』天明4年11月16日/平成30年12月27日
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