BDダークナイト


【BDレビュー】第102回『ダークナイト』


 正直に言うと、BDの黎明期からHD DVDとBDの双方にソフトを出していたワーナーに対し、良い感情を持っていなかった。
 HD DVDの容量は二層で30GB、一方でBDの容量は二層で50GB。両方に出そうと思えば、必然的に容量が少ないほうに仕様は合わせられる。それどころか、次世代ディスク時代になってもロスレス音声を収録しないということさえ数多くあった。
 クオリティの追求という観点から見れば、ワーナーはまったく褒められたものではなかった。

 HD DVDが2008年の初頭に完全撤退したことで、ワーナーもようやくBDに一本化することになるのだが、SPE、20世紀FOX、ディズニーといった、当初からのBD陣営のソフトに比べれば、ワーナーのソフトのクオリティは色んな意味で後塵を拝していたように思う。
 そんな状況で発売された『ダークナイト』は、そんなワーナーにとっての“キラー・タイトル”であると同時に、“ワーナーのBD=低品質”というイメージを吹き飛ばして余りある、壮絶なクオリティを伴って姿を現した。

 本作のBDとしての価値を論じるうえで最も重要なのは“IMAX”シークエンスである。
 BDを見た人間は、私も含め、オープニングの空撮シーンから、愕然としたはずだ。“見たことのない”映像。『スパイダーマン3』や『アイ・ロボット』をも凌駕するような情報量と解像感、しかしデジタル撮影とは思えない、フィルム撮影にしか見えない透明な空気感、そして絶無の高S/N。通常のシーンは明らかに一般的なフィルム撮影の画とわかるのだが、作中何度か挿入される、画角も変わるシーンでは、“なんだかよくわからない恐ろしいほどの高画質”が実現されていた。
 はたして作中で目の当たりにしたあのシークエンスはいったい何だったのか、特典映像を含めて色々と勉強した。恥ずかしながら、“IMAX”という言葉もその時に初めて知った。一般的な35ミリフィルムを越える70/65ミリフィルム、それよりも遥かに大型のフィルムを撮影に用いるIMAX。『ダークナイト』は劇映画として初めてIMAXを使用した作品とのことである。
 これは続編となる『ダークナイト ライジング』でも感じたことだが、IMAXフィルムによって撮影された映像の画質は、4K撮影の画質をも凌駕している。例えば『オブリビオン』に見られる、4K撮影による壮絶な高画質と比べても、IMAX撮影の映像はさらにその上を行くのである。BD時代になり、画質的にフィルム撮影は完全にデジタル撮影に取って代わられたと思っていた私にとって、IMAXがもたらした衝撃は激甚なものがあった。

 IMAXの画は、IMAXの画であるとしか言いようがない。“例えばこんな感じの画”と言えるような他の比較対象が存在しないのである。
 恐るべき情報量。凄まじい解像感。信じられないほどに研ぎ澄まされていながら、一切の強調感を感じさせない輪郭描写。“自然さ”さえ感じる透徹した空気感。夜を切り取ったシーンで感じる、実際の視覚を強烈に連想させるほどのリアリティ。面白いのは、IMAXはあくまで“フィルム”でありながら、画を表現する言葉として馬鹿の一つ覚えに繰り返される“フィルムライク”とはまったく異質な映像であるということである。“フィルムライク”という言葉に含意される重要である“フィルムグレイン”は、IMAXで撮影された映像の中に(少なくともそれと意識されるような形では)存在しない。それどころか、IMAXで撮影された映像は、私が目にしたあらゆる映像の中で最高レベルのS/Nの良さを誇っている。
 情報量でデジタル撮影に敵わず、輪郭は自然だが解像感は今一つ、フィルム撮影に対して抱いていたそんなイメージは、『ダークナイト』のIMAXシーンを見たことで吹き飛んだ。フィルムというものは決して過去の産物などではなく、デジタル、それも4K撮影の映画をも凌駕するポテンシャルを秘めているのだと理解した。
 『ダークナイト』のBDは、それをきちんと提示できる仕上がりだった。それはBDというメディアが、1920×1080というスペックの中で、IMAXの高画質を明確に示すことができるという証明でもあった。

 IMAXが見せ付けた究極的な画質だけでなく、『ダークナイト』は音質的にも極めて優れたソフトである。
 徹頭徹尾緻密に構成されたサウンドは芸術的ですらあり、IMAXシーンの壮絶な映像美をさらなる高みへと引き上げる上で決定的な役割を果たしている。中盤のトンネル内での襲撃シーンや病院の爆破シーンなどは白眉であり、音響的にも本作の非凡さを遺憾なく聴かせてくれる。

 IMAX撮影は続編の『ダークナイト ライジング』でも敢行され、さらに洗練された圧倒的な映像美が披露されている。
 本作のBDのリリースをもってワーナーはようやくBDという領域に、本当の意味で足を踏み入れたような気がする。
 日本中のオーディオ・ビジュアルコーナーで、『ダークナイト』のBDは数えきれないくらい再生されていた。それだけの価値は間違いなくあった。
 IMAXによるフィルムの神髄を見せ付け、発売当時においては勿論のこと、現在においても全方位的に極めてハイレベルなクオリティを有する、歴史に名を残す名盤である。



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