BD眠れる森の美女


【BDレビュー】第90回『眠れる森の美女』


 奇跡。
 奇跡としか言いようがない。
 しかし、それは偶然や神頼みの結果として生じたものではない。
 紛れもない人々の情熱と願い、そして弛まざる努力によって生み出された、50年越しの奇跡である。

 2008年、『眠れる森の美女』のBDが発売された。作品が公開された1959年から、実に50年の時を経たリリースである。
 私の認識が正しければ、意外にも、これがディズニーがリリースする初の2DアニメのBDだった。ディズニーは元からBD陣営で、『パイレーツ・オブ・カリビアン』といった非常に高品質なBDをリリースしていただのが、いわゆるアニメ作品のBDとなると、『カーズ』といった3D作品のみで、かつて作られていた2D作品はリリースしていなかったのである。
 理由は色々とあると思うが、何にせよ、彼らはただ座していたわけではない。
 彼らは、ひたすら、磨き続けていたのである。

 HD DVDとの規格争いが終了したのと同時期に、『眠れる森の美女』のBD化が発表された。ちなみに私のディズニーベスト3は『アラジン』『ロビン・フッド』『眠れる森の美女』なので素直に嬉しかった。
 とはいえ、おそらく私も含めて多くの人が、「所詮50年前の作品、BDになったところでたいして高画質にはならんだろう」と思ったはずだ。特に、バンダイビジュアルがふざけた出来の旧作アニメBDを発売した後ではなおさらだった。
 しかし、情報が色々と出てくるにつれて、徐々にその予想は間違っているのではないか、とも思わされてきた。今も昔も、メディアが宣伝で使う「高画質」という言葉にはクソほどの信用も感じてはいないが、他ならぬディズニー自身が言うのである。もしかしたら、との思いが芽生え始めていた。

 そして私は、奇跡を目の当たりにした。
 これが50年前の作品だなんて、とても信じられない。まるで昨日作られたかのようだ。
 『眠れる森の美女』は美しかった。とにかく美しかった。BDを黎明期から追っているが、この時受けた衝撃はあらゆるBDの中でもトップクラスである。(だからこうして5位に選出したわけだが)
 その後、事あるごとに、ディズニーがいかに精魂を傾け、『眠れる森の美女』を磨き上げたかを目にしてきた。
 ディズニーは自らの手で奇跡を起こしたのである。その原動力は作品に対する“愛情”に他ならなかった。誰よりも作品の価値を認め、誰よりも作品を愛するからこそ、徹底的にクオリティを追求する。彼らには“やっつけ仕事でテキトーに済ます”などという選択肢は初めから存在しなかった。それは作品に対する冒涜であり、何より彼らの愛する作品の価値を貶めることだからだ。
 なんという素晴らしい姿勢だろう。BDに対するディズニーの姿勢に、何度も何度も感動したことを覚えている。作品単位でならクオリティを徹底的に追及したソフトは存在するが(それこそ『スター・ウォーズ』とか)、“スタジオ”のレベルになると、これほどまでにすべての作品に情熱を注いでいるところは、私の知る限りディズニー以外に存在しない。一方で、ディズニーの爪の垢を煎じて飲ませたいソフト会社はいくらでもある。

 ディズニーが『眠れる森の美女』で成し遂げた功績は、ただ単に古いアニメを驚くべき高画質で甦らせた、ということに留まらない。
 どれだけ古い作品でも、製作側が心から作品を愛し、情熱を注ぎ込むのなら、奇跡は起こり得るのだということを身をもって示したのである。
 これは、BDの可能性を著しく拡大すると同時に、“BDならば高画質”という言葉に甘え、“とりあえずBDにしとけば許される”という姿勢でやっつけ仕事のソフトをリリースしてきたメーカーに対する特大の一撃となった。少なくとも私の目にはそう映った。特にアニメにおいて、「古い作品だからこの程度の画質でも仕方がない」というメーカーの言い訳は、『眠れる森の美女』が登場してからは意味を成さなくなった。それでもなお、コストがどうの市場規模がこうのと言い訳が出てくるだろうが、私に言わせればそんなことは大きな問題ではない。“その作品を愛しているか否か”。これこそ、決定的な差を生む。もし本当に作品を愛しているなら、ロクにゴミも除去していないノイズまみれの映像にも関わらず「見違えるような高画質に仕上げました!」なんて恥知らずなことは絶対に言わないはずだ。

 本作を皮切りにして、ディズニーは『ピノキオ』といったクラシック作品のBD化を次々に手掛けていくが、そのどれもが“完璧”としか言いようのない仕上がりだった。クラシックな2D作品にせよ、近年の3D作品にせよ、ディズニーのBDはどれもこれも素晴らしいクオリティを有していた。まったくハズレがなかった。
 私はディズニーに対し、心から、最大限の賞賛を送りたい。
 ディズニーの作品に対する深い愛情、その愛情ゆえのBD化に対する真摯な姿勢は、欺瞞と不誠実が渦巻くAV業界において、ひときわ輝く希望の光だった。

 『眠れる森の美女』は、超大作のBDが華々しく喧伝される中にあっては、おそらく地味な存在にすぎない。
 しかしその存在は、作品に対する深い愛情と、高品質へ向けた弛まざる努力が奇跡として結実した最も美しい例として、永く記憶されていくことだろう。



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