写真はアブソリュート・エディションのもの。
【BDレビュー】第8回『イノセンス』
【BDレビュー】第76回『イノセンス』アブソリュート・エディション
DVDを買った時から思っていたことだが、そもそも『イノセンス』という作品の映像は、DVDに対してオーバースペックだった。
これまたBDの最初期にイノセンスが発売されることになった時、小躍りして喜んだ記憶がある。BDという器を得て、ようやくイノセンスの真の姿が見られるのだと。
そうして現れた『イノセンス』のBDは、想像をはるかに越えたクオリティを見せつけた。
『イノセンス』は日本のアニメの中でも特異な立ち位置にある作品である。妄執に近いレベルで描き込まれた映像のディティールは他に例を見ない。
ハイライトは中盤の祭礼シーンだろう。黄金の背景に溢れ出る極彩色が、迸るディティールを描き出す様は圧巻そのものであり、見た者を問答無用で「すげぇ!」とうならせる力がある。このシーンを映像機器のリファレンスとして使った人も多いのではなかろうか。兎にも角にも、“絶対にDVDでは不可能な、BDでなければ実現できない次元”を魅せてくれた。
『イノセンス』のBDが画質面で果たした役割はもう一つある。それは「フィルムグレイン」の存在を明確に意識させたことである。
本来、デジタル制作のアニメにはフィルムグレインなど存在しない。そもそもフィルムが介在しないのだから当然の話である。しかし、『イノセンス』は、“映画っぽさを出したい”という監督のよくわからない意向により、“フィルムグレインっぽい”デジタル・フィルターが全編にかけられるようになった。DVDならば圧縮ノイズと容易に溶け合ってしまい、判別がつかなくなってしまう、“映像表現としてのフィルムグレイン”がきちんと見えるのである。『イノセンス』における“フィルムグレイン(っぽいフィルター)”の存在は、デジタル制作のアニメの画=ツルツルピカピカという認識しか持っていなかった私にとって新鮮な衝撃となった。
ちなみに、このソフトもまたMPEG-2収録である。『キングダム・オブ・ヘブン』にせよ、『イノセンス』にせよ、最初期で高画質なソフトはほとんどMPEG-2収録だったように思う。最大40MbpsというBDの転送レートを最大限活かし、成熟したMPEG-2エンコードをすることにより、当時まだまだ始まったばかりのAVCエンコードのソフトよりも高画質を実現できたのである。
音声面でまず特筆すべきはそのスペックである。
ずばり、リニアPCM7.1ch。
このスペックがいかに凄まじかったか、当時を知る人は懐かしく思い出すことだろう。
BDというと高画質というのがまず連想されるが、音声もまた、DVDとは根本的な違いがある。
それは、いわゆる“ロスレス音声”を収録できるということ。つまり、DVD時代は“ロッシー”だったのである(2chならリニアPCMで収録できたが)。BDが登場するまで、DVDに収録されたサラウンド音声は、つまるところmp3に過ぎなかったのである。そして、BDになり、ついに映像メディアはリニアPCM、ドルビーTRUEHD、DTS-HD Master Audioといった、“ロスのない”音声を収録できるようになった。CDとmp3の音質差を知る人なら、これがどれだけ画期的なことかわかってもらえるはずだ。
また、7.1chという数字。
ドルビーデジタルEX、あるいはDTS-ESの6.1chが精々だったDVDに対し、BDは7.1ch収録可能ということも実は大きな違いだった。
そこに、最初期においていきなりリニアPCMの7.1chというスペックを引っ提げて登場したイノセンスの衝撃は実に大きかった。
リニアPCM7.1chのビットレートは6.1Mbps。音声だけで、DVDの映像レートに匹敵するレベルである。
しかし、BD黎明期には大きな問題があった。
ハードがまるで揃っていなかったのである。
BDプレーヤーとして巨大な役割を果たしたPS3は発売当初ドルビーTRUEHDとDTS-HD Master Audioをそのままでは再生できなかった(ドルビーデジタル、あるいはDTSでの再生になってしまう)し、またロスレス音声を聞くためにはAVアンプも最新モデルへの買い替えが必要だった。ハードばかりが先行している昨今の4K事情とは大違いである。
そんななか、『イノセンス』の音声はリニアPCM7.1ch。PS3で再生可能である。しかも、当時私が使っていたAVアンプはSonyの銘機(と言っていいと思う)TA-DA3200ES。HDMI経由でのリニアPCM7.1ch入力に対応する、一世を風靡したAVアンプである。幸いにして、『イノセンス』の真価を発揮させられる環境だった。
肝心の音も、かの『スター・ウォーズ』の音響を担当するスカイウォーカー・サウンドの冴え渡る職人芸が、全編に渡って躍動する素晴らしいもの。根本的に、日本のスタジオで作る音とは次元が違う。『イノセンス』以降、監督の押井守は自分の作品の音響はスカイウォーカー・サウンドに依頼するようになったが、そうしたくなる気もよくわかる。
肝心の音自体は『ステルス』や『キングダム・オブ・ヘブン』といった、音に優れたソフトと比較して特段優位だったわけではないが、『イノセンス』がBDの、特に“音”の可能性を見せるという点で果たした意義は大きい。
今でこそ大作映画は7.1ch収録のソフトも多くなったが、その遥か以前、BDの最初期において『イノセンス』がリニアPCM7.1chという、BDだからこそ実現できた音声スペックを提示したことは、AV史的に長く記憶されるべきであろう。
なお、後に映像をAVC、音声をドルビーTRUEHDとDTS-HD Master Audioに変更した『アブソリュート・エディション』が発売になった。
画も音も明らかにグレードアップし、『イノセンス』は今もなおトップクラスの品質を維持している。
BDレビュー総まとめ
【AV史に残るBD勝手に10選】第9位『イノセンス』 ― リニアPCM7.1chの衝撃
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