以下、引用。

スペックの進化を凌駕する「名人の耳と腕」

 新たな鼓動、躍動まで聴こえ、さらにワクワクする!!

 今回のハイ・レゾリューション音源は、まさに、美しきルネサンスそのもの。

 ハイ・レゾリューションと謳うからには、まず、同等スペックのマスターの存在が必要不可欠。

 しかしそれだけでは、データ上「数値が優れているだけ」に過ぎません。

 やはり音楽です。

 ひとこと「音質」と言っても、

 あくまでも「音楽そのものを理解したうえでの」音質でなければなりません。

 つまり、いくら宝石箱に豪奢な外装を施しても、箱は箱。

 本質は、中身の宝石そのものを磨き上げなければ意味がない
、ということ。

 新劇場版以来、エヴァは、頼もしい名人を得ました。

 ハリウッドの女王こと、マスタリング・エンジニアのパトリシア・サリヴァンです。

 彼女の耳と腕が、エンターテインメント映像音楽において、絶対的であることは、

 ハリウッドのブロックバスタのほとんどのサントラ・アルバムのマスタリングを手掛けていること、

 それだけでも、じゅうぶん証明されているでしょう。

 『序』『破』『Q』はもちろん、

 『新吹奏楽版』も『PianoForte』も、すべてパトリシアによるフィニッシュです。

 (林原めぐみ、高橋洋子、鷺巣詩郎の作品なども同スタジオ)

 じつは『新吹奏楽版』と『PianoForte』には、

 パトリシアによる「旧TV版サントラの(リ)マスタリング」も、数曲収録しました。

 そう、美しきルネサンスは、すでに始まっていたゆえ、

 今回の(リ)マスタリング作業は自然な流れであり、整合性を保つためにも、必然だったのです。

 誤解を恐れずに、何度でも言いますが、

 いかなるハイ・レゾリューション(192KHz/24bit – 96KHz/24bit – 48KHz/24bit)であろうが、

 じつはデータ上の数値など、二の次。

 フィニッシュする者(人間)の「耳と腕」に尽きるというのが、

 まごうことなき本質であり、それは古今東西、普遍的。

 宝石箱よりも、宝石そのものを磨き上げる、その「素晴らしき職人技、職人芸」を知らしめるためにも、

 今後、エヴァの音楽作品群を、

 あらゆるハイレゾリューション環境にて、

 どんどん、世に出していきます!!

 2013年12月 鷺巣詩郎




 至言である。

 ハイレゾにせよ、BDにせよ、それにしたからといって音質が、画質が良くなるというわけではない。
 それらは単なる器に過ぎない。良いオリジナルがあって初めて、器の大きさが生きる。
 もともとのマスターをSDで作った映像をBDに入れたところで、本当の意味でハイビジョンにはならないのだ。
 ハイレゾもまた、然り。

 「BDだから高画質」という言葉が虚しく響くのと同じように、「ハイレゾだから高音質」というのも妄言に過ぎない。

 オリジナルの音源に44.1kHz/16bitでは決して収録しきれない巨大なダイナミックレンジと膨大な情報量があって、初めて「ハイレゾ」という器が生きるのであり、その先の再生機器やら再生環境やらを通じてやっと「高音質」が実現される。

 私は「ハイレゾだから高音質」という言葉に、「ネットワークオーディオは快適」という言葉と同じくらい危うさと胡散臭さを感じる。
 そんな魔法があってたまるか。



 脱線しすぎた。
 音質の話をしよう。

 再生環境はこちらを参照。


 ―演目―
2
 こういう局面においてもネットワークオーディオは超快適。
 是非始めよう。



 音を一言で言うと、

 別物

 である。

 CDからリッピングした音源とは何もかもが違う。
 ボーカルもインストゥルメンタルも、何もかもが違う。
 どこがどう違うかと問われると……私の音楽的素養の欠如が露見して非常に情けないことになるのだが……最も顕著に異なるのは「音の立体感」、特に「前後方向の広がり」である。
 CDは、お世辞にも高音質とは言えなかった。別にエヴァに限った話ではなく、日本のアニメのサントラなんてオーディオ的音質においてはたかが知れている。残念ながらそういうもんである。

 ところがどっこい、今回のハイレゾの音は完全に日本離れしている。洋楽ボーカルの優秀録音盤でしか聴けなかったような、「音圧もダイナミックレンジもでかくて音数も多いけれども決して平面的にならずむしろ立体的」という音を実現している。特に残酷な天使のテーゼ。のっけからぶったまげ。もうそれを聴いただけで、買った価値があったと快哉を叫んだくらいだ。
 CDを生気に欠けた平面的な音とすれば、ハイレゾはみずみずしく躍動する立体的な音だ。それだけの差が間違いなくある。一音一音は丁寧に丹念に磨き上げられ、存在感を増し、大きく広がった空間で輝きを放っている。

 ただ、高音質化の方向が、多分に「研ぎ澄ます」という感じなため、「音が強調されている」という印象を受けなくもない。特にボーカルについて、くっきりはっきり明瞭になったぶん、子音がかなり強くなっている。システムによっては刺さるんじゃなかろうかと思うほどに。
 とはいうものの、「不快」あるいは「やりすぎ」には決して転ばず、あくまで「聴いていて楽しい!」という絶妙なリマスタリングである。

 鷺巣詩郎氏のコメントを受けて、こんな比較もしてみた。
3

 いわゆる「次回予告」の比較である。
 序破急、そして今回のテレビ版のハイレゾ。
 序破急のサントラも相当な高音質盤だが、この四つの中で何が一番音がいいかと聞かれれば、今回のハイレゾと答える。それくらい素晴らしい。

 ちなみに残酷な天使のテーゼのボーカルを聴いて、真っ先に思ったのは、「新劇場版の声と同じだ」ということ。
 パトリシア・サリヴァン女史の哲学がこういうところにも出てきているということか。



 結論。

 ハイレゾとして文句なしの大当たり。

 『THE END OF EVANGELION』のハイレゾ化が待ち遠しい。

 そしてもちろん、新世紀ヴァンゲリンのBD化も。