BDAKIRA


【BDレビュー】第107回『AKIRA』


 アニメーションとしての『AKIRA』が不朽の名作であることを否定する人はそうそういるまい。
 好きとか嫌いとかの次元を超越した、極大の絶対値を持つ作品である。

 少し昔語りをさせてもらうと、私がいわゆるオタク的な視点でもって見た初めてのアニメがAKIRAだった。それ以前から別にアニメは嫌いではなかったが、糞田舎ゆえそもそも触れる機会がないに等しかったということもあり、意識して見る・追うということはなかった。
 オタク的な視点を得るきっかけとなったのは、『アニマトリックス』に収録されていた「SCROLLS TO SCREEN: アニメーション文化の歴史」という特典映像だった。アメリカのガチなオタク連中が、日本のアニメの映像技法――すなわち“アニメーションとしての側面”を徹底的に語りまくるという内容である。その中で最も重点的に、かつ決定的なものとして取り上げられていたのが『AKIRA』だった。そこで紹介された断片的な映像に、私は巨大な衝撃を受けた。
 そして私は『AKIRA』を見、『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』を見、『獣兵衛忍風帖』を見、『妖獣都市』を見、『バンパイアハンターD』を見、遅まきながらアニオタとしての一歩を踏み出すことになった。

 というわけで、『AKIRA』である。
 映像的にも音響的にも絶対にBD化されるべき作品であり、バンダイビジュアルのBD参入第一弾ラインナップの中にAKIRAが含まれていたのも当然と言えば当然である。
 しかし、そのラインナップの中でAKIRAは延期になり、一年以上音沙汰がなくなってしまう。
 その後、再度発表された情報に我々は目を見張った。
 ドルビーTRUEHD・192kHz/24bit/5.1ch収録。BDのスペック上限をまさに使い切る最強の仕様である。これにはいい意味で裏切られた。AKIRAの脳天直撃音響が考え得る最高の器を経てどのような変貌を遂げるのか、震える思いで待っていた。

 幸いにして、私はBDの発売に先立ち、新生作業中のAKIRAを見る機会に恵まれた。
 発売前のイベント上映に参加したのである。
 ところが困ったことに、私はこの時のイベント上映で大きな不安を覚えてしまった。
 リンク先の記事ではやたらに褒められているが、画質については、「え? こんなもん?」としか思わなかったし(同時期に『眠れる森の美女』が奇跡を見せたということもある)、音質についても大した感慨を覚えなかった。業務用スピーカーのポン置きで音質を語られても困る。
 ソフトの画質音質以上に幻滅したのは、イベントの運営側の画質音質に対する意識の低さである。この上映会では、司会をやっていた女性が「世界最高」という言葉を連呼していたことを強烈に記憶している。
 「世界最高画質のブルーレイプレーヤーと、世界最高画質のプロジェクターという最高の環境で見るAKIRA!」→「は?」
 「世界最高音質のアンプと、最高のスピーカーという最高の環境で聴くAKIRA!」→「は?」
 馬鹿にするのも大概にしろと言いたかった。AV業界に幻滅した瞬間は数多くあるが、その中でもこれは間違いなくトップクラスの酷さだった。
 今思えば、AKIRAを巡る狂騒はこの時から既に始まっていたのかもしれない。

 そして、『AKIRA』はついにBDの発売を迎えた。
 私は見、そして愕然とした。


 何だこのゴミは。


「視聴中に気になるようなノイズは無い。最新のデジタル制作のアニメと比べると違うかもしれないが、逆にフィルムの質感、粒状感を活かした映像になっている」

 これは私の知る限り、BD史上最大級に恥知らずな発言である。
 詳細はBDレビューを見てほしいが、私は悲しかった。『AKIRA』というコンテンツがバンダイビジュアルという会社に握られ、そこでソフト化されるという現実が悲しかった。
 さらに驚いたのが、AV業界がこのふざけた映像に対し、何の苦言も呈さなかったことだ。一緒になって大騒ぎするばかりで、額縁仕様を糾弾することも、嘘八百のゴミまみれの映像を指摘することも、何もしなかった。
 怒りを通り越して呆れ果て、その呆れさえも風化した後に残ったのは、愛する作品が手抜き仕様でBD化されてしまったという悲しい現実のみ。なんということだ。


 しかし、あんまりな出来の映像/画質を補って、いや、そんなことはもはやどうでもよくなるほどに、『AKIRA』の音は超絶的だった。
 今のところ、『プライベート・ライアン』と『ランボー 最後の戦場』(北米盤エクステンデッド・カット)と並び、【BDレビュー】で音質評価15+を付けられるのは『AKIRA』だけだ。むしろ、当時では紛れもない過去最高の音質評価だった。
 最大級の賛辞として、“頭がおかしい”としか言いようのない音。
 夜のネオ東京に黒々と口を開ける巨大なクレーター、その上に覆いかぶさるAKIRAの文字。そして深淵から鳴り響く、あの、音……
 オーパーツの如き神作画の乱舞をも平伏させる、極大無辺の音の奔流だった。かつてAKIRAの映像に目を焼かれた私は、今度は音に撃ち抜かれ、打ちのめされた。悟得した。映像音響には、まだこんな世界があったのかと……

 『AKIRA』のBD発売を受けて、AV業界も狂騒の渦中にあった。
 BDの限界性能を直撃する192kHz/24bitというスペックは、当時発売されていたAVアンプが、“本当にBDにフル対応しているのか”ということを試すうえで最高の素材となった。何度も何度もAKIRAを使った特集を見た。きちんと再生できるAVアンプもあればそうでないAVアンプもあり、再生はできるが色々な機能が使えないというものもあった。ひとつのソフトが製品を試すという意味では『ヘアスプレー』といった先例もあったが、『AKIRA』がもたらした狂騒はAVアンプ界隈だけにとどまらなかった。
 それが“ハイパーソニック・エフェクト”なるものの存在である。
 詳細は省くが、とにかく『AKIRA』のサウンド・トラックにははじめから10万ヘルツといった非常に高い周波数が含まれており、それがBDの192kHz/24bitという器を得て初めて収録可能になった。この音を聴けば要は“覚醒する”という類のものだ。例の上映イベントでもPAスピーカーにスーパーツイーターを組み合わせるという面白いことをしていたが、それくらい重要視されていたということだろう。
 この主張に、広い周波数帯域を誇るスピーカーメーカー、そしてスーパーツイーターを出しているメーカーが飛び付いた。「他のスピーカーじゃAKIRAの音は再生できません! うちのスピーカーなら!」「今こそスーパーツイーターの出番!」といった文言を数多く目にした。どことなく今の「ハイレゾならば高音質」という主張との類似性を感じるのは気のせいだろうか。とにかくそれほどまでに、AKIRAの衝撃は大きかったのである。
 ちなみにうちのSapphire、ひいてはDynaudioのスピーカーには10万Hzなんていう周波数を再生する能力はなく、もちろんハイパーソニック・エフェクトも再現できない。
 しかし、ハイパーソニック・エフェクトがどうしたこうしたとは無関係に、『AKIRA』の音は超絶的に究極的に素晴らしかった。それは間違いない。

 『AKIRA』という作品は凄まじかった。
 バンダイビジュアルの杜撰すぎる仕事にも関わらず、凄絶な画の描き込みはBDで見る喜びをいともたやすく提供してくれた。
 さらに音は、そのオリジナルの時点で既に“BDでなければ収録不可能だった”次元のものを有していたことが明かされ、それが単なる大言壮語でなかったことを実際の音響クオリティでもって証明するにとどまらず、AV業界をも大きく揺り動かした。
 この作品が巻き起こした狂騒のおかげで、私はオーディオ・ビジュアルという領域に関する数多くの知見を得ることができた。
 アニメ史に燦然と名を残す巨人は、AV史においても巨大な、決して忘れられない足跡を残したのである。



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